刑事弁護ブログ

2025.07.21

登山などのガイドツアー中の事故につきガイドの責任が認められた事例の量刑

1 登山やトレッキングなどのガイドツアーに参加し、安全に楽しくツアーを楽しむことがあるかと思います。私自身も、厳冬期の冬山や、シーカヤックのガイドツアーに参加することがありましたが、ガイドさんからいろいろと話しを聞くことで、単独行では得られない充実した時間になることも多いです。

ほとんどのガイドツアーにおいて、問題は生じませんが、山や川は、自然の影響を受けることから事故につながり、損害賠償等の民事上の問題だけでなく、刑事裁判になる事例もあります。
以下では、ガイドツアーに参加中、事故が生じた場合のガイドの刑事責任が肯定された場合の量刑を紹介します。

2 雪上散策ツアー中に雪崩事故が発生し二名の参加者が死傷した事案(札幌地裁平成12年3月21日)
この事案で、刑事責任を問われたのは、冬期間における雪上散策(スノーシューイング)の企画、参加者の募集及びガイド等の業務に従事していた者でした。
このガイドツアー中、雪崩が起きてしまい、1名が死亡、1名が怪我を負う事故が発生しています。
判決では、ガイド2名に対し、雪崩による遭難事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を怠ったとして、業務上過失致死傷罪の有罪判決が言い渡されました。
ガイド2名に対する刑は、禁錮8月、執行猶予3年というものでした。

この判決では、「被告人両名は、参加料を支払いツアーに参加した被害者らを、ガイドとして雪山へ引率する立場にあったのであるから、被害者らの生命身体の安全を預かる者として、被害者らを雪崩に巻き込ませるような事態とならないように、雪崩発生の危険性を常に頭に置いて慎重に行動すべきは当然のことであるのに、多量の降雪・積雪があり、大雪・雪崩注意報も出ている中で、地元の自治体やスキー場関係者等が事故防止の目的から組織した連絡協議会が雪崩の危険区域として指定し周知させている「春の滝」の方面を敢えて行程に選んだ上、軽率にも、上部で雪崩が発生した際には、その通過地域となるおそれのあることが地形上も明らかな本件休憩地点に被害者らを休憩させ、雪崩に巻き込ませたのであって、ガイドとして最も基本的な注意義務を怠ったものといわなければならない」と厳しく非難されています。

自然の猛威そのものを全て予測することは難しいものですが、本事例においては、雪崩の危険区域と指定されていたこともあり、上記のような判断になったものと思われます。
ただし、被害者が死亡している事案で、刑は、禁錮8月ですので、比較的軽い刑が選択されているとみることができます。量刑理由としては指摘されていませんが、天候が悪いため被告人が場所の変更を提案し、被害者がそれ以外の場所を希望したことや被害者がこの場所が雪崩の危険地帯だと認識していたことなどが刑の量定に影響した可能性もあります。

3 沢登りツアー中に増水が生じツアー客3名が死亡し、1名が怪我をした事案(鹿児島地裁平成18年2月8日)
この事件は、山岳ガイドである被告人が,自ら企画した沢登りツアーに参加したツアー客3名を死亡させ,1名を負傷させた業務上過失致死傷の事案である。
3名もの被害者が死亡した悲惨な事案ですが、刑は、禁錮3年、執行猶予5年という執行猶予付判決でした。

被告人にとって有利な事情として、「本件では,前記のとおり,河川の渡渉を開始した直後に,Bが足を滑らして河川に転落するアクシデントが発生し,その後,様々な不運が重なって大惨事につながったものであり,生じた結果について,被告人に重い刑事責任を負わせるのは酷であること,被告人は,河川に転落し,又は河川に没入しかかっている被害者らを助けようと,自らの危険を顧みず懸命の救出活動を行っていたこと,死亡した被害者の遺族らに,それぞれ160万円の死亡保険金が支払われていること,被害者らのうち,唯一,命を取りとめたDが,被告人に対して寛大な処分を望んでいること,被告人にこれまで罰金以外の前科がないこと,被告人自身が本件犯行を反省・悔悟している旨述べており,被害者らの遺族に対し,必ずしも十分とはいえないものの,香典を持参の上葬儀に参列し謝罪するなど,被告人なりに慰謝の措置に努めていること,その他被告人の刑事責任を軽くする方向に働く諸事情」が認定されており、それらの点が大きく考慮されたものと思われます。

4 登山ツアー中、登山客4名が凍死した遭難事故が生じた事案(長野地裁松本支部平成27年4月20日)
この判決では、山岳ガイドをしていた被告人が企画、主宰し引率した有料登山ツアーで登山客4名が凍死した遭難事故について、登山前日には気象状態の悪化を予想する気象情報が出ており、ツアー開始後も天候回復の兆しがなく、ツアー客の装備も不十分であったなどとして、被告人にツアーの中止や途中から引き返すなどの注意義務を怠った業務上の過失があるとされました。

この事件の刑は、禁錮3年、執行猶予5年というものでした。
この判決では、量刑の理由で、「被告人は,本件登山の前日には気象状態の悪化を予想する気象情報が出ており,同登山開始後も天気回復の兆しが見られず,かつ,被害者らが本件登山中に身に付けていた装備が不十分であったにもかかわらず,自己の知識,経験等を過信し,登山の継続か中止かを決める境目といえる清水尾根の途中までの風雨の状態などから安易に登山客らの引率を続け,その登山の中止を決断して引き返すなどすべき注意義務を怠ったものである。被告人の軽率な判断により,被害者ら4名が凍死しており,被告人の刑事責任を軽視することは到底できない」と指摘しつつ、他方で、「被告人の行為の客観的な悪質性の程度と主観面への刑罰的非難の度合い,更には同種事犯の量刑傾向をも考慮に入れると,被告人を直ちに服役させる必要があるとまではいえない」として、実刑の選択ではなく、量刑傾向に照らして執行猶予もあり得ることを指摘しています。
この事案では、「以上の観点及び被害者ら遺族の処罰感情の強弱に加え,被告人について,Eの遺族との間で和解(金額6500万円)が成立するとともに,被害者ら遺族に対し金額の多寡は別として保険金が支払われていること,昭和62年における罰金前科以外に前科がないこと,遭難当時被告人なりに死力を尽くして登山参加者らの救助を求めるなどしたこと,遭難事故発生から公訴提起までに相応の期間が経過したことを特に勘案の上,社会内での自力更生の機会を与えるのが相当」として、執行猶予付の判決とされました。

この種事案については、ガイドの過失が否定できない場合でも、被害者の人数だけで刑が決まるわけではなく、その過失の内容、大きさ、自然災害の内容、そして、刑事裁判で被害者がいる事件については常に問題となる示談や慰謝の措置等を考慮した上で刑が決まることになりますが、ツアー客が複数死亡した事例においても、過去の裁判例では、執行猶予が付された例があることが分かります。

法律事務所シリウス
弁護士 菅 野 亮